仙台っぽい音がしますね
新幹線が速度を落とし始め、車窓には薄暮に染まる見慣れた街並みが映った。
3月10日、夕刻。プシューという空気の音と同時にドアは開き、吹き込む外気を感じる。計ったことはない。それでもわかる。
「仙台は、東京とか他の街と同じ気温でも、空気感が違うんです」
Rakeが、杜の都を“故郷”と強く思うようになったのは2年ほど前からだった。
「曲を聴いてくれた方に、『仙台っぽい音がしますね』と言われたことが何度かあって。最初は仙台っぽい音ってなんなのか、わからなかったんです。もちろん、それを意識して曲を作ろうと思っているわけでもないし」
音楽活動で多くの都市を訪れるうちに、気づいた。
「僕が住んでいる仙台という街のサイズ感だったり、時間の流れ方とか、人と人の距離感とか… 街ごとに違いがあるんだなって。だから、“仙台っぽい音”というのも理解できて。仙台が、僕という人間、音楽のベースになっていることは間違いないですから」
仙台駅西口のペデストリアンデッキと呼ばれる歩行者専用通路を抜ければ、すぐに商店街が始まる。そこは、彼が以前よく路上ライブをやっていた場所だった。
足を止めてくれる通行人は、ちょっと距離をおいて座り、静かに聴いてくれる人が多かった。冬、何も言わずに暖かい缶コーヒーを置いていくおじちゃんもいた。
「積極的に関係を築く感じじゃない。でも、ちゃんと繋がっていてくれている感じは、もしかしたら東北に住む人の特徴かもしれません。内に秘めた温もり、優しさ、そして闘志も。そういうものがすごくある人が多いなって。もちろん、街ごとの人との距離感や空気があるわけで、僕が仙台という街に安心感を覚えるのは、それが故郷だからだと思うんです。誰にとっても、故郷とはそういう存在じゃないかなって」
この日、1stアルバム『First Sight』の制作は佳境を迎えていた。Rakeは、仙台の自宅で東京と最終的なデータのやり取りを行なう。日付が変わり、3月11日午前6時にアルバムは完成。ベッドに潜り込むも、「いいものができた」という高揚感からか、数時間後には目が覚めてしまった。
ギターを手に取り、新たな音源の作成に取り掛かかる。その最中、体感したことのない揺れが彼を襲う。
午後2時46分──。
「えっ、なんだこれ!」
「東北中が大変なことになってる。みんな、大変な思いをしてるんだ」
命からがら家を出た。周囲を見渡せば、近所の人たちもみな不安な顔で表に出ていた。まだ地面は揺れ続けている。
「大地がどんどんズレていくというか。細かい揺れではなく、グワッと大きな揺れでした」
揺れが一瞬はおさまるも、断続的に余震が続いた。「家の中に戻ってみよう」「あ、また揺れた。外に出なきゃ」ということを1、2時間繰り返した。ようやく揺れの間隔が長くなり、気づく。
「電気も、水も、ガスも来てない」
その時点では、「夜までには電気は戻るんじゃないか」という思いもあった。だが、いっこうに復旧しない。もちろんテレビを視ることもできない。電池式のラジオをつけると、そこから流れる音声に耳を疑った。
(死者……、行方不明者……、津波の被害にあった地区……)
「信じられないというか……。土地勘はあるんですけど、まさか津波が来るはずないと思っていたような地名もドンドン聞こえてくる。なんていうか、意味がわからないというか、理解できなくて」
だが同時に、「どうやってその夜を乗り切るか」も考えなければいけなかった。東北の3月は寒い。懐中電灯を用意し、スノーボード用のパンツを履き、ダウンジャケットを着込み、貴重品をポケットに入れた。
「この家も倒壊するんじゃ……」
そんな不安を抱え、すぐに外に出られるよう、玄関に一番近い廊下で横になった。間隔こそ長くなったものの、断続的に余震は続く。真っ暗闇の中、携帯電話はほとんど繋がらず、メールも送れない。充電が少なくなっていくことを不安に思いながら、唯一繋がったインターネットで友人のブログやtwitterを見た。そこには、東北に住む誰もが不安な夜を過ごしていることが書き込まれていた。
「東北中が大変なことになってる。みんな、大変な思いをしてるんだ」
結局、一睡もできないまま朝になった。
朝になっても、ライフラインは止まったままだった。
「とにかく水。水をなんとか確保しなきゃ」
開いている店はないか、Rakeは探してまわった。
「今までずっと、蛇口をひねれば水が出て、スイッチを押せば灯かりが点き、コンロに火がつく生活が当然だったわけで……。一番困ったのは水。日常生活って、思っている以上に水が必要なんですね。飲料水はもちろん、トイレを流すのも、うがいするのも、顔を洗うのにも水が必要。優先順位として、風呂は一番最後。それに、ガスがしばらく復旧しないと聞いたので、風呂に入るのは諦めました。とにかく水が必要で。水を確保しなきゃいけなかった」
雨や雪が降れば、ポリバケツを外に置き、溜まった水を湯船に溜めた。浴槽は入浴のためではなく、水を溜める容器として使った。
彼の自宅は内陸だったため、住み続けることができた。しかし──。
「避難所で生活することになった友人もいます。海沿いの人はもちろん、津波が来なかった地域でも、建物の見た目は大丈夫でも中の柱が折れてしまっていたりして。次の余震に耐えられないだろうと、県や市の行政の人が“住んではいけません”という通告が書かれた赤い紙を貼っていったんです。紙が貼られた家の人も避難所で暮らしました。マンションの高層階の方たちも、たとえ壊れていなかったとしても揺れが怖くて家に入れず、避難所で暮らす人もいて……」
被害の差異はあった。しかし、誰もが不安な日々を過ごした。
「余震も多くて、特に夜は怖かったです。地震に対して敏感になりすぎちゃって。恥ずかしいんですけど、少し揺れただけで『来た!』って外に出たくなっちゃうような状態でした」
所属も肩書きも年齢も関係なくなったときに残るもの
食料や水もない。ガソリンがない。灯油もない。そんな生活が続く。
「地震が起きてから、とにかく毎日、生きるのに必死で……」
スーパーマーケットでは、店内に入るだけで3時間待ち、4時間待ちがザラだった。それでいて購入できる品は、一人一品などと限定された。寒さをしのごうとストーブ用の灯油を求めてガソリンスタンドに行くと、一日がかりで並ばなければいけなかった。
「並んでる時に、全然見ず知らずの人なんですけど、たまたま前と後に居合わせた人達がとにかくみんな、『あそこのスーパーに行けばお米が手に入るらしいよ』とか『水はこういう容器がいいよ』とか、コミュニケーションを取って、すごい結束して助け合ったんです」
Rakeが灯油を求めてガソリンスタンドを探していた時だった。辿り着いたガソリンスタンドには黒と黄色、トラ柄のロープが張られ、“営業は終了しました”と貼り紙がしてあった。立ち尽くしていると、たまたま自転車で通ったおじさんが「ここは昨日もやってなかったから、待っても今日もたぶんやらないと思うよ。俺、自転車だから、あっちのガソリンスタンド見てきてやる。ここで待ってなさい。やってても、やってなくても、戻ってくるから」と走り出した。待っている最中に通りがかったおばさんは、「あっちのガソリンスタンドは整理券を配ってて、前の日に券をもらえれば次の日には買えるかもしれない。並んでみたらいいよ」と教えてくれた。
「もちろん家族は緊急事態ということで強く結束しました。でも、家族や友人って、普段からコミュニケーションを取って、繋がっているって認識し合えている仲間だと思うんです。今回は、普段生活していたら会話することがないような人とすごいコミュニケーションを取って、助け合ったんです」
極限状態で、Rakeは人の深淵を覗いた思いだった。
「普段だったら忘れていたというか……。『人間っていいな』って。人の優しさというか、善なる部分を信じて生きていきたいなって、あらためて感じて。世間では個人主義、競争社会などと言われがちですよね。他人を蹴落としてとさえ言われたりもする。やっぱり普段はどうしても立場とかしがらみとかあったり、強がったりして、他人を傷つけたりすることもあるから……。でも、本当はそんなことないんだろうなって。人って、所属も肩書きも年齢も関係なくなったら、優しさが残るんだなって」
「非現実的だった日々すら、日常だったんだ」
震災から3週間後、Rakeは「自分の目で見るのは怖い。不謹慎かもしれない。それでも、何か手伝えることがあるかもしれない」と、迷いながらも津波の被害があった地区に足を運んだ。
目前に広がる光景に言葉は出なかった。
瓦礫が、元は住居や水田だった場所にうず高く積もる。そこにあるはずのない船がひっくり返り、わずかに残された建物には自動車が突き刺さったままだった──
「僕は大きく言えば被災者ではあるんでしょうけど、仙台市ということだけでひとくくりにすることは絶対にできなくて……。たくさんの人が犠牲になってしまった。だけど、僕は今、生きていて……。『自分に何ができるんだろう?』って、みんなが考えたと思うんです。一人の人間として」
友人たちと協力し、避難所に防寒着を送った。友人や兄弟の壊れた家の片付けを手伝った。それでも「自分に何ができるんだろう?」という問いは消えず、ミュージシャンではあっても、「歌う」という答えを簡単に導き出すこともできなかった。
「この状況で、のうのうと歌を歌ってていいのかって。音楽は、直接的には人の支えにはならないから……」
それでも彼は、再びギターを手に取る。
「余震が続く、水もない。さらに周囲の状況もわかり始め、自分自身がパニックなんです。目の前の現実が、非日常過ぎて受け入れられない。なんとか自分を、自分のペースを整えていかなければいけない。だから最初は誰かのためにということではなく、強引かもしれないけど、自分の日常を取り戻すためにギターを弾きました」
弦を爪弾き、感じた。
「それまで、『俺、生きてるんだよなぁ?』って思いながら過ごしていたんです。地震前の日常だったギターを弾くことで『そう、生きてるんだ』って感じられて。その時に初めて、あの日から今日までが繋がったというか……。非現実的だった日々すら、日常だったんだって」
電気もガスも使えず、寒さと不安に震えたあの夜を追憶し、詞を紡いだ。「心の中のグチャグチャな部分」を吐き出すと、それでも出てきたのは“希望”というフレーズであり、“再び歩みだそう”という決意だった。そして、音源化の予定は今はない、できあがった曲のタイトルを、『希望の歌』に決めた。
「スーパーに並び、偶然にも列の前後になっただけの人と助け合ったり、閉まっていたガソリンスタンドの前を偶然通りかかったおじさんやおばさんに助けてもらったり……。大変な日々だったけど、そんなところに希望を感じて」
だが、「希望は勝手にやって来るわけではなくて」と彼は続けた。
「僕の住んでいる地域は、水道の復旧が市内で一番最後の地域だったんです。その理由は、仙台市の水道水はいくつかのダムから引いているんですけど、僕の地域は、宮城県の南部にあるかなり遠くにあるダムからで、途中の水道管が壊れてしまったからなんです。普段、何気なく蛇口をひねれば出てきた水は、あんなにも遠くから引っ張ってきてたのかって。それを知った瞬間、驚きました。今までの生活って、本当にミラクルなことだなって。人間の技術ってすごいんだって。
復旧のために、地元の人間だけじゃなく、自衛隊の方々はもちろん、広島ガスと書かれたタンクローリーなども市内で見かけたりしました。本当に全国から多くの方々が駆けつけ、昼夜かけて作業してくれたんです。そのおかげでライフラインが回復し始め、地域によっては震災前の日常に戻りつつあるんです。人間が作ったものが自然に流されてしまった…そのままにしていたら、そのままなわけです。勝手に希望がやって来るわけじゃなくて、希望を灯して、そこに向かって行くというか。そういうことじゃないかと思ったんです。だから……、自分にできることは、僕にできることは──」
再び歌うことを決意した。
だが、もちろん、すべてを吹っ切れたわけではなかった。震災から約1か月後、フリーライブのステージに立つと、込み上げる感情から息が詰まるような感覚を覚え、いつもの声は出なかった。だが、「それでもいい」と思えた。
「今までは上手く歌おうって考えがちだったんですけど、そういうことじゃないなって。ありのままの、精一杯の歌を歌う。それが生きてくことなんじゃないかなって。スパーンと、『あれは、もう昨日のこと』って割り切れたら、きっと人はそんなに優しくなれないと思う。あと何年も、何十年も、ずっと整理しきれない部分もあるはず。でも、そういう整理しきれない部分や、グチャグチャな悲しい部分があるから、みんなそれぞれあるから、優しいんだと思う。だから、割り切れなくてもいいんじゃないかなって」
前に進む。過去を切り捨ててではなく、背負って歩むことを彼は選んだ。
「残された命といいますか、自分は今、生きていて……。人は忘れる生き物です。直接の被害がなければなおさら……。あの震災を伝えていくということも、僕の使命なんじゃないかとも思うんです」
「ここが、俺の住む街なんだ」
震災から約2か月。燃えるような深緑が目に眩しかった。仙台駅に程近い勾当台公園での撮影中、Rakeは「今が仙台の一番いい季節かもしれないです」と目を細めた。
昼下がり、親子が笑い合い、女子高生がはしゃいでいた。
「よく『そんな危ない所に住まなくてもいいんじゃない?』って言われるんです。でも、震災から今日までを振り返ってみて、確かに大変な日々でした……。だけど……、仙台から引っ越そうとは一回も思ったことはないんです。ここは自分のホームですし、それは昔も今もこれからも変わらない。ここが僕の故郷なんだって改めて思いました。『ここが、俺の住む街なんだ』って。僕は、この街が大好きだし、この街が故郷ですから」
「自分に何ができるんだろう?」という問いに、歌うというひとつの答えは出した。それが正解なのかは、今も、Rake自身も、そして誰もわからない。
ただ、いつかあなたの耳にも届くかもしれない、『希望の歌』を産み落とした仙台在住のシンガーソングライターは、確信に似た想いを今、抱いている。
「僕は音楽というものが、自分の支えになっているんだなってあらためて感じましたし、もしかしたら自分にとっての支えとなったものが、ちょっとだけでも誰かの支えにもなるかもしれないって。そして、自分にできる精一杯のことの先にあるのが希望なんじゃないかって」
【プロフィール】
Rake
仙台出身、仙台在住のシンガーソングライター。
2010年1月に『Fly away』でメジャーデビュー。
3rdシングルの『100万回の「I love you」』がヨコハマタイヤのCMソングに抜擢され、ロングヒットを飛ばす。
現在、1st ALBUM『First Sight』が発売中。
6月25日(土)〜地元・仙台を皮切りにした全国ツアーが行われる。 ツアーの詳細は
http://www.rake.jp/に!! こちらのサイトにてRakeの楽曲も聴けます!